旅とおでかけは何が違うのだろう(11月18日)
夜遅く、ちょっと車で用事。がちがちに凍っていて、暖気しながらフロントガラスを眺める。ついちょっと前まで秋だったのに、冬だ冬。代車のタイヤ、替えてもらっておいてよかった…!次の車どうしよう問題はまだなにも解決していないが。
そういえば!昨日の日記に書いたスペイン語「アスタエルゴ」は「アスタルエゴ」が正しいんですって!
「こんにちは」を「こんちには」って言ってるのを聞いたような感じかな?って思ったらなかなかにかわいらしい間違いではないですか。(昨日の日記にも追記しました、よかったらこちらをクリックしてどうぞ)
今日はオンラインのインタビューが2件。パソコン越しでも涙が伝うのは見える、というのは今日初めて知ったこと。どうにか、と思って画面を撫でた、当たり前だけど触れられなくてもどかしかった。がんばりやさんのすごくきれいな涙でした。
友人に「日記読んでて、『まりの仕事、謎だったけどちゃんと毎日働いてるんだって思った」というコメントをもらった。なんかその気持ちわかる、私も同じことを思っていました(笑)聴く、書く、撮るという動詞3つが自分の仕事だ、と聞かれた時には答えてきたけど、まあパッと伝えにくいなあと独立してからずっと思っていたし。こうやって、日々のことを文字にしているとこんなバランスで今生きているんだなと自分でも再確認できて有意義。名刺を新しく作りたいと話し始めて数年が経ってるな、2026こそ。
「旅と日々」を明日みようと思っている。カレンダーの予定を上と下にぎゅっとして隙間を作って「映画」と書き入れた。どうしてもどうしても台湾に行く前にみたい。
旅とおでかけは何が違うのだろう、距離か、いや、気持ち?
娘に聞いてみたら、「ちゃんと準備して予定を立てていくのが『旅』で、突発的にいく、するとしても軽い準備なのが、『おでかけ』。新幹線に乗るなら『旅』、かな。『おでかけ』は『お散歩』にちかい」とのこと。
昨日の日記に、ラジオの放送後の「おわった〜」は透明な感じなんだ、と書いた。旅のあともなんとなく同じような透明さがある気がする。旅が終わったあとの荷物、どこかのパンフレット、みたりみなかったりしたガイドブック、買い物のレシート。もう終わった物たちと、説明したくてもしきれない、一緒に見た、聞いたじゃないとなかなか伝わらない充実感。そんなところもラジオ的な質量のなさがあるんじゃなかろうか。